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History of British studio pottery− イギリスの個人陶芸の歴史

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イギリスの陶芸家の存在が一般に認められるようになったのは1920年日本で陶芸を修得したバーナード・リーチが、濱田庄司を伴い、イギリスに帰国し、イングランド西部・コーンウォール州の、セントアイヴスに築窯したことに始まります。それまでのイギリスでは、個人の手による陶器はもちろん存在していたものの、それらは作り手が認識されることのない、いわゆる安物でしかありませんでした。










その一方、イングランド中西部のスタッフォードシャーにおいて発展を見せていた陶磁器製品は、ボーンチャイナとして発展を続け、産業革命後は大量生産の恩恵にあずかったこともあり、一気に花開きました。それらは今日、ウェッジウッド、ロイヤルドルトンなどに代表されるブランドとなり、イギリス国内のみならず、世界各国で販売されるに至っています。

しかし、スタッフォードシャーから遠く西に離れたコーンウォール州にバーナード・リーチが帰国してからも、リーチやその弟子たちの作品が認められるようになるには、長い時間を必要としました。後の人間国宝・濱田庄司の協力によって窯を築いたとはいえ、イギリスには、彼らの作品が簡単に認知されるような土壌はありませんでした。濱田は1923年に日本に帰国、それからさらに時は流れ、第二次世界大戦後、リーチの流れを汲む陶芸家たちによって陶芸家協会 (Craft Potters Association)が結成されました。それが陶芸作品に個人の名前を付けて売るということのきっかけとなり、イギリス国内で徐々に広まっていきます。

1950年代は、リーチのほか、リーチの弟子の世代にあたるデビッド・リーチ(リーチの長男)、マイケル・カーデュー、レイモンド・フィンチらの活躍により、個人陶芸家による作品が大きく飛躍する時代でした。
1960年代に入ると、さらに次の世代にあたるマイケル・カッソン、コリン・ピアソン、ウォルター・キーラーらの尽力により、大学や専門学校に陶芸コースが開設されるようになりました。その代表がハロー・アートスクール(現ウェストミンスター大学ハロー校)で、1964年の開設の後、ジェーン・ハムリン、リチャード・デューワー、ジョアンナ・ハウェルズ、スティーブ・ハリスンほか、多数の陶芸家を輩出しました。他には、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ、ウェールズ大学カーディフ校などからも多くの陶芸家が生まれています。


一方では、かつて移民に寛容であった国情を反映して、イギリス国外出身の陶芸家も盛んに活躍するようになりました。母国・オーストリアでの迫害を逃れるため、1938年、ルーシー・リーがイギリスに移住し、終戦後、ロンドンで作陶を再開、さらに1946年には、ドイツ出身のハンス・コパーがルーシー・リーのもとを訪れ、アシスタントとして働き始めました。ルーシー・リー、ハンス・コパーは、後に名声を博すこととなり、今日ではバーナード・リーチと共に3巨匠として評価されています。











また、1970年代以降に移住した日本人の活躍も目立つようになりました。代表的なところでは、東京出身、益子で修行の後、1973年にイギリスに移り住んだ安田猛、1970年代、イギリスで陶芸を学び始めた森内暁らが挙げられます。これらの中から多くの陶芸家が陶芸家協会に加盟することで、同協会は発展をみせ、また、協会が主催・関連する陶芸フェアや、各地で独自に開かれるフェスティバルなど、陶芸関連の催しも徐々に増えていくこととなり、現在では、夏からクリスマス前のシーズンににかけて、イギリス各地の風物詩となるまでに発展しました。さらには、個人陶芸家の作品を専門的に扱うギャラリーも増え、今日では、リーチが活動していた時代とは比べものにならないくらい、現代陶芸が一般の人々に認識されるようになりました。

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